コピペ いんざわーるど(・∀・)

2ちゃんねる 厳選コピペブログです。 面白い話 笑える話 泣ける話 怖い話 お得情報をまとめていきます!
コピペ いんざわーるど(・∀・) TOP  >  スポンサー広告 >  泣けるコピペ >  うちの婆ちゃんから聞いた戦争のときの話。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。









[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

うちの婆ちゃんから聞いた戦争のときの話。

うちの婆ちゃんから聞いた戦争のときの話。

婆ちゃんのお兄さんはかなり優秀な人だったそうで、戦闘機に乗って戦ったらしい。
そして、神風特攻にて戦死してしまったそうです。

当時婆ちゃんは、製糸工場を営んでいる親戚の家に疎開していました。
ある日の夜、コツンコツンと雨戸をたたく音がしたそうです。
だれぞと声をかけども返事はなし、しょうがなく重い雨戸を開けたのですが、それでも誰もいない。
婆ちゃんは、それになにか虫の報せを感じたそうで、「兄ちゃんか?」と叫んだそうです。返事はありませんでした。

その後戦争が終わり、婆ちゃんは実家に戻りました。
そしてお兄さんの戦死の報せと遺品、遺書が届いたそうです。
婆ちゃんは母親、他の兄弟たちと泣いて泣いて悲しみました。
遺書には、お母さんや他の兄弟について一人一人へのメッセージが書いてありました。
婆ちゃん宛には、次のように書かれていたそうです。

「キミイよ。兄ちゃんが天国いけるように祈ってくれ。弁当を食べてから逝くから、空腹の心配は無い。
 この国を、日本を頼んだぞ。負けても立ち上がれ、誇りを捨てるな。
 まずしくともよし、泥をかぶってもよし。かねを持っても、うまいものを食ってもよいのだ。
 ただひとつ心を汚すな。それが日本人だ。心を汚されたときこそ、おこれ。
 黄色のりぼんがよく似合っていた。兄はいつも共にある。うつくしくあれ、キミイよ。」
 
婆ちゃんは疎開先の製糸工場にいるとき、当時出来たばかりの新商品である黄色のヒモを毎日お下げに巻いていたそうです。
お兄さんにその黄色のヒモを見せたことは一度も無かったので、
あの雨の日にワタシに会いに来たんだと、婆ちゃんは生涯信じていました。
関連記事









[ 2011/09/19 16:54 ] 泣けるコピペ | TB(0) | CM(2)
遺書を書く前に会いに来たってことは生き霊だったのか
[ 2011/09/19 18:23 ] [ 編集 ]
昔の人の書く文章って上品で本当心に響く
[ 2011/09/19 18:53 ] [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

プロフィール

ぱお

Author:ぱお
面白コピペを集めています。
相互登録大歓迎です。
(✉:bfm35462あっとhotmail.co.jp)

andoroidアプリのDLページへジャンプ

このエントリーをはてなブックマークに追加


紳士協定
全記事(数)表示
全タイトルを表示
検索フォーム


FX比較
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。